渋沢君のあいのうた
※この作品には幾らかの性表現が含まれていますので、ご注意下さい。











自分の気持ちは言わないと伝わらない。
相手の気持ちも言って貰わないと解らない。












渋沢克郎君(20歳・♂)の最近の悩みは、恋人の不破大地君(19歳・♂)が
自分とのセックスの時に気持ち良いと思ってくれているかどうかである。
不破君は感情を表に出してくれなくて、
つまり声にも顔にも『感じている』のかどうかを出してくれなくて、
渋沢君の懸命のゴホウシがどれだけ実を結んでいるのかがさっぱり解らないのだ。
達する時は
「イく」
と淡白に告げるだけ。後は少しの喘ぎ声だけ、である。


解らない。
不破君が自分とのセックスをどのように感じているのか、全く解らない。
それで渋沢君は不安になるのだ。

自分だけが気持ち良くなって、不破君は全然気持ち良くなんてないのではないのか。
渋沢君が1人だけ、自己満足で果てているだけなのではないのか。

そんな風に、マイナス思考が渋沢君の頭の中を渦巻いている。





思い返してみれば。





セックス中、特にもうそろそろ達するという時など、渋沢君は結構不破君の名前を言っている。
しかし不破君が渋沢君の名前を言ったのは、何十回か身体を重ねて1度か2度あるかないかだ。
「愛してる」とか「好きだ」とか、
そういう少しくすぐったい言葉を投げかけるのは、いつも渋沢君だ。







そして渋沢君が気付いた重大な事は。








不破君の方から求められた事は、初めてセックスした時から渋沢君の覚えている限りただ1度もない。
いつもいつも、身体を求めるのは渋沢君なのだ。










渋沢君はグルグルと考える。


自分の勝手でセックスを求め、自分の勝手で愛の言葉を囁き、自分の勝手で果てる。
自分はなんて自分勝手な人間なんだ!
こんなに自分勝手な人間を不破君が好きになってくれる訳がない!!
というか、そもそも不破君が本当に自分を好きなのかどうかも解らない。
付き合っているこの5年間、不破君が「好きだ」と言ってくれた事はない。
もしかしたら…。
実は不破君は自分の事なんてこれっぽっちも好きではないのではないか。
思いを出してくれないのは、渋沢君の事が嫌いだからではないのか。
渋沢君のアピールがしつこかったから仕方なくとか、渋沢君を可哀想だと思ってとか、
そういった気持ちで付き合ってくれているだけなのではないか。
そして心の中では、渋沢君の事を「愚かな奴だ」と笑って見ているのではないか…








マイナス思考モードの頭の中は、やっぱりどうしてもマイナス思考で一杯になってしまう。
日本のサッカー界を席巻するスーパーゴールキーパー
渋沢克郎のキャプテン頭脳は冷静さを欠いている。
まともな判断をする事も出来ない。








やっとの事で導き出したのは、取り敢えず不破君に話をつける事。





どうしていつも感情を表に出してくれないのか、本当は渋沢君をどう思っているのか…
不安な気持ちと、何故か熱くなる胸。

少し震える手で、渋沢君は携帯電話のボタンを押した。














ダイヤル音が3回鳴る。
4回目で途切れる。















「…どうした、いきなり」
「不破か。済まない、今、暇か?」
「?ああ、別に構わんが…」
「悪い。ウチに…来て、くれないか?」
「…解った」
「御免。じゃ、後で」
















ゆっくりと、電話を切る。
時計を見て時間を測る。
全神経を集中してチャイムの音を待つ。
短いようで長い時間を秒針が平坦に刻む。
渋沢君はソファに腰掛けて、目を閉じて心を落ち着かせようとする。


自分の息遣いと外の雑踏だけの世界。






そこに、一筋の異音。






返事もせずに渋沢君は扉を開けた。
勿論、立っていたのは不破君だ。















抑えきれない激情。














渋沢君は不破君の腕を掴み、強引に引っ張った。
不破君は驚きと抗議の声を挙げる。
それに構わず、渋沢君は不破君を部屋の中に引き込む。
制止しようとする不破君の声には耳も貸さない。
リビングに入って、渋沢君は立ち止まった。
立ち止まるとすぐに、不破君を引き寄せてキスをする。
舌を絡めて、何度も、深いキスを。





「渋沢」




やっと解放された口で、不破君が言う。
非難の声だ。
渋沢君はそれを無視して、ソファの上に不破君を押し倒した。
少し抵抗する不破君だが、渋沢君に押さえ付けられてしまう。




「渋沢?」




渋沢君の顔を見ながら、不破君が言う。
明らかにいつもと違う渋沢君を不安そうに見つめる。
渋沢君は固く結んでいた口を歪め、間髪入れずに不破君の首筋を舐めた。
突然の刺激に不破君の身体が小さく反応する。
渋沢君はいつものように不破君の耳たぶをそっと噛んだり、額に口付けたりする。
しかしその動作に、いつもと違う強引さがある事を不破君は感じた。














渋沢君の動きが止まったのは、何回か唇がそっと触れる程度のキスをした後。
多分、不破君が黙って渋沢君を見つめていたからだ。







「どうした?渋沢」





不破君の声は、その顔と同じように無表情だと渋沢君は感じた。








「…どうして、そんなに無表情でいられるんだ」




ふと零した言葉から、思いが溢れる。




「どうした?」
「不破…お前は俺の事好きじゃないんだろう?」
「何を言っている?」
「ごまかさなくていい。解ってる。
…好きなら、もう少し気持ちを出してくれても良いだろう。
それなのに、お前はいつまで経っても無表情で…。
俺とのセックスなんて本当は嫌なんだろう?
気持ち良くなんてないんだろう?
哀れみの気持ちで、仕方ないから付き合っているんだろう?
嫌なら嫌と、はっきり言ってくれ。もう、いいから」
「落ち着け、渋沢。支離滅裂だ」
「そんな事どうでも良いんだ、不破。
いつもいつも俺ばかり身体を求めて、俺ばかり満たされて、
自分勝手な奴だと思っているんだろう?」
「そんな事はない」
「嘘だ。お前はどうして俺に求めてくれないんだ?
俺がお前に押し付けるばかりで、お前はただ受けるばかりで。
……不安なんだよ、お前が何も出してくれないから…」
「何だ、そういう事か」
















不破君はゆっくり身体を起こした。
そして、向かい合った渋沢君に微笑みを見せると、渋沢君を抱き締めた。
不破君にしては珍しく、噛みしめるように話す。





「前から、言わなくても俺の気持ちが通じているようだったから、
思いは口にしなくても伝わる物だと思っていた。
そういう物ではないのだな。



…渋沢。俺がお前の事を好きではないのなら、5年も付き合う訳がないだろう。
落ち着いて考えてみろ。
…俺からセックスを求めないのは、その前にお前から求めてくれるからだ。
結果的にお前が押し付ける形になっているように見えるかもしれないが、そんな事はない」
「不破…」

















「渋沢。俺は、お前の事が好きだ」













渋沢君、不覚にも泣いてしまった。
不破君はそんな渋沢君を温かく抱き締めてくれた。
渋沢君が落ち着いてから、2人は長いキスをして、
お互いの存在を確かめ合うように身体を重ねた。























その後、渋沢君は不破君の表情の変化が判るようになってきた。
日常生活でも、セックスの時でも。
不破君が感情を出すようになったのか、
今まで気付かなかった事に渋沢君が気付くようになったのか。
はたまたそのどちらもか。

そこまで行くのに5年も掛かったのか、と渋沢君はショックだったが、
不破君は全く気にしていないようだった。







暫くして、ゆっくりでも良いかな、と渋沢君は思い始めた。
どんなに遅くても少しずつ近付いていければ、それで良いかなと。
それが自分と不破君の愛の形なんだと。


















自分の気持ちは言わなくても伝わっている事もある。
だけど、やっぱり言わなくちゃ伝わらない事だってある。




























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立花銀乃嬢に誘われて書いた渋不破小説。
本のタイトルが「無感動エクスタシー」だったので、
取り敢えず、無感動な不破に悶々する渋沢の図。
2人が大人なのは、何となく。


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