香水

  先生は今日もまた、香水の匂いを纏って俺を抱く。




扉の開く音がした。
先生が帰って来た音だ。
厨房で仕込みをしていた俺は、手を止めて玄関へ向かった。
時計を見ると、もうすぐ日が変わる時刻だった。


お帰りなさい、と先生に頭を下げると「うん。タダイマ、吾郎ちゃん」と頭上で声がする。


アルコールと、それとは違う甘い匂いが鼻腔をくすぐった。


頭を上げると、先生はもうスーツの上着を脱いで・ネクタイを緩めて・シャツのボタンを二つ程外していた。
上着とネクタイをデスクの近くのソファに無造作に投げる。

俺は先生の後に付いて行き、ソファの上の上着とネクタイを拾い上げた。
整えて、クロゼットの中にしまう。
上着から、慣れない甘い匂いがした。

先生が寝室に入るのを確認して、
俺は仕込みを再開しに厨房へ向かった。






先生は、「仕方のない」付き合いで飲み会に誘われた、と言って仕事に出掛けた。
先生を迎えた時のアルコール臭はその所為だ。
そして、それとは違う甘い匂いがしたという事は…
どこかで先生のメガネに適った女性を見つけて、ベッドを共にしたんだろう。



且つ。



それにしては帰りが早いのは、
多分その女性では先生の欲望を満たせなかったのだ。




だからって帰ってくるなんて…その女性が気の毒だ。

そんな事を考えて、俺は一つ溜め息を吐いた。





その時だった。





「あーあー、吾郎ちゃん。溜め息を吐くと寿命が縮まるよ?」
厨房の入り口で先生が言う声がした。
ちらりと見ると、はだけたシャツから先生の肌が覗く。
一瞬驚いたが、俺は仕込みを続けた。


こうやって先生が仕込みを覗きに来るのには慣れている。
俺は、朝食の仕込みが終わっていません、と軽くあしらおうとした。
だが。




「どーでも良いよ、そんな物。明日の仕事は午後からだしね」


そう一蹴されたら、ぐうの音も出ない。




厨房の中に入った先生は、俺を先生の正面に向かせ自分の手を俺の腰に回す。
ゆっくりと、目を閉じながら俺に顔を近付けて、唇を合わせた。
先生から、甘い匂いが漂う。







「しようよ、吾郎ちゃん」







唇を離した後の先生の言葉は、予想通りの言葉だった。






















先生は、欲求を満たす為に俺を抱く。
自分の欲望が満たせなかった夜、香水の匂いを着けて。
そして、自分が付けられた痕を同じように俺に付ける。


付けた人間の下手さをなじりながら、
それを自分の持つ技術で昇華して。

先生は、そんな形で欲求不満の復讐を果たす。
何もそんな事をしなくてもと思う。
しかし、俺自身がそれで快楽を感じているのでどうしようもないと考え直した。

復讐を果たし終わると次が本戦で、
半ば遊びだった前回とは違い先生は本気を出してくる。



自分の思うがままに俺に痕を付け、
自分の為すがままに俺を動かし、弄び。




時折、余裕の笑みで
「もっとやらしく喘いでよ」やら
「そんな動きじゃ萎えちゃうでしょ。もっと過激に反応してよ」と要求を言い放つ。



そんな事を言われても困る。
だが、先生の要求に応えなくてはと身体が動く。

俺が出来る事を先生が望むなら、やれるだけの事をしたい。
そう思うから。


そうでなくても、その時の俺はあまりの快感に理性を無くしている事が多い。


先生は巧い。


普通だったら男同士の性行為なんて嫌悪の対象の筈なのに、
その事を忘れさせられてしまう位の快感を、先生はくれる。



そんなこんなで、結局の所、
俺は先生の欲望を満たすのに一役買っている事になるだろう。


踊らされている気がする。
いや、確実に先生に踊らされている。

俺のやる事は全て、先生の手の上で回っているのだ。

それで良い。全然構わない。







でも、だから、せめて、















香水の匂いを付けたまま俺を抱くのは止めてほしい。
汗や精液で何処かに飛んでしまうとしても、
触れあった最初に鼻をくすぐる甘い匂いはあまり気分の良い物ではない。


何か、自分はオマケで抱かれているのだと、
まさにその通りだけれど、そう言われているような気がして堪らない。


夜くらい、夢を見させてくれても良いのに。
ただ、その事を訴えた所で先生が何か手段を講じるかと言うと、
そんな事はないだろう。



言葉巧みに説得されて、変わらぬ状態が続くと思われる。


























そして、
先生は今夜も、香水の匂いを纏って俺を抱く。
















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2002年の夏コミで、千歳さんと出した北岡夫婦本「Amat et regit」に書いた物。
初北岡夫妻文。
いつものように後半失速。
吾郎ちゃんは先生の事をとっても好きだけど、
先生はそれに気付かず・気にせずって感じの設定で。
そんな先生に嫉妬、みたいな〜
後半戦に入って、先生と吾郎ちゃんのホモ臭い絡みが少なくて寂しい(笑)



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