悪夢  20020315.16

目の前に大きな鏡が置いてあった。
鏡を覗くと、中にはあいつがいた。
鏡の中のあいつは、泣きそうな瞳で俺を見ていた。
俺は鏡に触れた。でも、あいつには触れられなかった。
両手をついて鏡を覗き込んだ。
どうしてそんな所にいるんだ、と訊いた。
あいつはその問いには答えず首を振り、より一層泣きそうな瞳をした。
俺はあいつの名前を叫ぶ。二つの拳を鏡に叩きつける。
あいつは答えない。

どうして何も言わないんだ。
腹の方から苛立ちが沸々とやってくる。
俺はまた、あいつの名前を叫んだ。

何でそんな所にいるんだ。出て来いよ。何か言えよ。答えろよ。

そう喚いた。喚いて、鏡を叩いた。
それでも、あいつは泣きそうな瞳をしているだけだった。
喚き疲れて俺が息を吐いた瞬間、そいつは現れた。
鏡の中のあいつの後ろに。

異形の怪物だった。
見た事のない生物だった。
解るのは、そいつの禍々しい気配だ。
鏡を通して見ているだけで背筋が凍った。

モンスター。

虚構の世界の生き物である筈の、そんな名称が思い浮かんだ。

思い出して、あいつに注意を向ける。
あいつは瞳を閉じて突っ立っていた。
背後のモンスターに気付いていないみたいだった。
後ろ、気をつけろと叫んだが、聞こえていないようだった。

このままだとあいつはモンスターの餌食になってしまう。

助けなければ。
だが、どうやって?

不甲斐ない事に俺には叫ぶしか出来なかった。
どうしてもあいつに届かない声を、張り上げて必死に訴えるしかなかった。

モンスターはじりじりとあいつに詰め寄る。
手が痛くなるほど鏡を叩き、喉が潰れそうなほど叫び、何故だか涙が溢れた。


気付いてくれ、気付いてくれ、気付いてくれ、気付いてくれ…



モンスターが、あいつを捉えた。
瞬時に捕らえた。
あいつは抵抗を試みたが、相手には何ら影響がなかった。
助けに行こうとして、俺は鏡にぶつかった。
舌打ちする。

俺には何も出来ないのか。
俺の目の前であいつが苦しんでいるのに。
俺にはどうする事も出来ないのか。

…俺は俯いた。
見ているのが辛かった。己の無力さが痛かった。
だが、それではいけないと思い直して顔を上げた。

そこにはあいつの姿もモンスターの姿もなかった。
気が抜けた。
膝をついた。
俺が俯いたのはほんの僅かだったのに、忽然と姿が消えていた。

何なんだよ。説明しろよ。何が起こったんだよ。
うわ言のように繰り返した。
そして、宙に向かってあいつの名前を叫んだ。











秋山蓮は飛び起きた。
息は荒く、身体中が汗で濡れていた。
息を整えながら自分のいる場所を確認する。
紛れもない自分の部屋だった。
「………夢………か」

ほんの少しだけ安堵の表情を作る。
「厭な夢だ…」
自嘲気味に笑う。
身体を移動させて、寝ていたアルミ製のパイプベッドに腰を掛けた。
溜息をつき、汗で濡れている髪を掻き揚げた。
緩慢な動作で首に掛けているチェーンを取る。

二つのリングがついたチェーン。
蓮本人の物と、失踪した恋人の物と。
肌身離さず身に付けているチェーン。

蓮の恋人は鏡の中に消えた。
ある日突然、自宅で、何の前触れもなく。
蓮は、彼女が鏡に入り込む姿を見かけた。
慌てて近付いたが、時既に遅く、彼女の姿は鏡の中だった。
名前を呼んでもその声は空しく消え、彼女の姿も消えていった。
鏡の傍には、彼女の誕生日に蓮がプレゼントしたリングが落ちていた。

どうして彼女は鏡の中に消えたのか。
全くもって解らなかった。
否、今も解らない。


蓮はふと思い立って、枕元に置いてあるカードデッキを取った。
仮面ライダーナイトに変身する為に必要なカードデッキ。

鏡の中の世界・ミラーワールドに入り込んで、現実の人間を襲うモンスターを倒す力を持つ仮面ライダー。
蓮はその内の一人だ。
ライダーはあと12人いるらしい。

蓮はじっとカードデッキを見つめた。
ライダーとなった今、彼女がミラーワールドという世界に消えた事は解った。
しかし、ミラーワールドでどうなっているのかまでは解らない。
モンスターに襲われてしまったかもしれないし、
生きているかもしれない。
彼女の安否を知る為だけに、蓮はライダーとして闘っている。

モンスターを倒す事で力を得て、更なる強敵に挑み続ける。
最後に生き残るライダーになる為に。



カードデッキを手に入れた夜、蓮は自宅の鏡で男を見た。
くたびれた格好をした妙な男。
長く伸びた前髪から見える瞳が、冷たく蓮を見据えていた。
「闘え」
男はそう言った。
「ライダーを倒せ」
瞳と同じように、その声は冷たかった。

「…お前…誰だ…?」
蓮は掠れた声で訊いた。
言葉の意味を問いたかったが、その前に何者であるかを知った方がいいと思った。
男は変わらぬ瞳で、変わらぬ声で言う。
「神崎士郎。カードデッキを作った者だ。」
呆気に取られて、何も言えなかった。

神崎は言った。
カードデッキは13個ある。
つまりミラーワールドで闘うライダーは13人いる。
そして、ライダーはライダーを倒さなければならない。
最後に生き残るライダーはただ一人。
存在できるライダーはただ一人。

「戦え」「ライダーを倒せ」

訳が解らなかった。

どうしてライダー同士戦わなくてはならないのか。
ライダーを倒す事に何の意味があるのか。
第一、ライダーとは何なのか。

蓮はそのままを神崎に訊いた。
神崎はライダーについてだけ答えた。
カードデッキを持つ人間は、モンスターと契約して仮面ライダーになれる。
仮面ライダーは、鏡の世界・ミラーワールドに巣食うモンスターを倒す力を持っている。
そして、ライダー同士は戦う運命にある。

蓮は、モンスターと契約するなんて馬鹿馬鹿しいと思った。
だが「ミラーワールド」という単語を聞いた時、思わず神崎を見つめた。



鏡に消えた、恋人の面影。




気分が高揚した。
モンスターと契約して仮面ライダーになれば、
ミラーワールドに行けば、彼女の失踪の理由が解るかもしれない。
頬が緩みそうになったのを、不謹慎だと思って自制した。
「…ライダーになって、最後の一人になったら、どうなるんだ」
昂ぶる気持ちを抑えて神崎に訊いた。
暫くの沈黙の後、神崎は唇の端をほんの少し上げる。
「求めるものが見つかるかも知れない」
蓮は心を見透かされているように感じた。
けれども同時に、神崎の言葉に重みを感じた。

「ライダーに、なればいいのか。なって、戦って、ライダーの最後の一人になればいいのか」
「そうだ。戦え。ライダーを倒せ」
神崎は最後にそう言うと、消えた。



あれから。

蓮はダークウィングと契約し、仮面ライダーナイトとして幾度もモンスターと戦った。
何度も危ない目に遭い、多くの苦しみを経験した。
それでも戦い続けているのは、恋人の安否を確かめたいという思いの所為だった。
その為に戦っている事を思い出して、苦しみも痛みも耐えた。
最後に存在する、ただ一人のライダーになる為に。

そして。
ひょんな事で神崎優衣という少女と出会った。
神崎士郎の妹だという。
ミラーワールドに消えた兄を追っているらしい。
だが、優衣はミラーワールドで戦う術を持っていなかった。

「それなら俺が守ってやろう」

そう言うと優衣は目を見開いて驚きを示した。
勿論、ただ守ってやるのではない。
カードデッキを作った神崎士郎の血縁は、それだけで重要な人間だ。
手の内にいれば、何時か何らかの形で駒になるだろう。
優衣は多少なりとミラーワールドの知識を持っているし、
守って・利用する価値はある。

必要以上の事は喋らなかった。
自分の情報を与える事は不利になるような気がしたからだ。
優衣は何の疑問も持たずにいた。


助かった、と思う。










何があっても自分は生き残る。
モンスターを倒し、12人のライダーを倒し、必ず最後の一人になる。
あいつの為に。自分の為に。
何があっても絶対に生き残る。


蓮はカードデッキを枕元に戻した。
部屋の窓が朝陽を受けて光っている。
夢の疲れも何時の間にか取れた。

立ち上がって窓を開けた。
朝陽が、眩しかった。








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蓮の勝手設定小説。
始まったばかりの頃に書きました。
此頃は蓮優衣に物凄く時めいていました。
今でも時めいています(恵理はどうした)



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