過去、邂逅。20020317.18

光が欲しかった。
差し伸べてくれる手が欲しかった。









物心ついた時から、否、多分生まれる前から死体は俺のすぐ傍にあった。

首切り役人という有り難くない職業。
俺の一族の家業がそれだ。

赤月帝国・ロリマーの城塞。
俺の先祖はこの城塞が出来た時、首切り役人を命じられたらしい。
首切り役人の仕事は、つまりは殺人だ。
好んでその仕事を選ぶ奴はいまい。
いつの間にかこの仕事は世襲になっていた。
だから、生まれる前から死体は俺のすぐ傍にあった。

小さい頃は絶える事無く苛められた。
「首切り役人の子供」というだけで。
罵詈雑言、私物への落書、意味も解らず避けられ、ありもしない噂を囁かれる。
最初は母親に向かって泣き叫んだ。
誰かに向かって叫ぶ事で鬱憤を晴らしていた。
母親が病死し、叫びを受け止めてくれる人間がいなくなってからは、ただひたすらに耐えた。
そしてそれは次第に「受け流す」事に変化した。
避ける事の出来ない他人からの「攻撃」を、全て受け止めるのは重すぎる。
流してしまえば、「攻撃」は痛くも痒くもなくなった。

諦めも覚えた。
俺の将来は首切り役人だと生まれる前から決まっていた。
それは逃れられない使命だった。
誰もが俺は首切り役人になると決め付けた。
反発をした事はある。
けれど誰に会ってもそう言われて、反抗心も失せた。
遠くない未来の「死の匂い」を見越してか、周囲の大人からも疎まれた。
必要以上に関わろうとはして来なかった。
それに気付いて、自分から関わろうとするのもやめた。
食料さえ手に入れば他に誰を必要とする事もなかった。

15の時に父親が裁かれる事になった。
寡黙で、文句一つ言わずに首切りの仕事に従事していた父親。
裁かれるような事をする筈がない、そんな人間だった。
役人が起こした不祥事の身代わりにさせられたのだろう。
無実の人間が、しかも自分の父親が裁かれて殺されると知った時は、流石に怒りが込み上げた。
知ったその日、父親にそれで良いのかと訊ねた。
すると父親はにこりともせずに「これも運命だ」と言った。
その瞳は誰の意見も寄せ付けない意志を湛えていた。
それ以上、俺は何も言えなかった。
言っても無駄だという事を察知したのだ。
俺と父親は、裁きの日まで一言も会話をしなかった。
会話なんて何時もしなかったけれど。

父親の首を切ったのは俺だった。
父親がその父親から譲り受けたという鎌で、俺は父親の首を切ったのだ。
太陽が丁度真上に昇る頃、処刑台で俺は鎌を振るった。
役人に連れられた父親は住民に石を投げられながら台に上った。
俺はその姿をじっと見つめていた。
哀れだとか、やり切れないとか、そんな思いは既になかった。
最後に父親と視線が合った時、父親は曖昧に微笑んだ。
その微笑を見た途端、目頭が熱くなった。
涙を堪える俺に気付いて、父親は一度俺の肩を叩いた。
優しく、力強く。
初仕事を迎えた息子への、皮肉な激励だった。

「逃げるな」

肩を叩きながら囁いた言葉が、父親の最期の言葉だった。
父親の首を切る時、何年振りかに涙を流した。
確か、母親が死んだ時以来の涙。



「初仕事」を終えた後、足早に台から去った俺は木陰で嘔吐した。
初めて目の当たりにした首を切られた死体は、決して気分の良い物ではなかった。

その日から俺の首切り役人としての仕事が始まった。

毎日のように仕事がある訳ではなかった。
あったとしても嬉しくない。
週に二回あるかないか。月に六人は首を切った。
鎌は父親の使用していた鎌を使った。
ジャッジメント。
どこぞやの国の言葉で「審判」と名付けられたその鎌は、祖父の代から何十・何百といった人の血を吸っている。
首切り役人という血塗られた職業にはぴったりの鎌だろう。

罪を犯した悪人も、無実の人間も、裁きが下されていれば誰の首でも切った。
それが仕事である以上やらない訳には行かない。
切った人間からの返り血の匂いは洗っても消えなかった。
だから、身体からはいつも血の匂いがした。
その匂いを感じる度に自分が闇に飲み込まれていく気がした。
匂いが重なるほど、闇は深くなっていく。
闇が深くなっていけば、当然光は遠のいた。
元から光なんて見えそうで見えない物だったが。

父親が母親に出会ったように、誰かが傍にいたら少しでも何かが変わっただろうか。
否。
多分、何も変わらないだろう。
誰かがいる事で感じる安心感はとうの昔に捨てた。
誰かを求める事は子供の頃に止めた。
機会がなかった訳ではない。
けれど、自分から拒絶した。
闇は益々深くなっていった。
光はまた遠くなっていった。

闇から抜け出したいと思った事がないとは言わない。
だが、抜け出せまいという諦めの方が強かった。
抜け出すつもりはなかった。
ただ、俺の後を続けるつもりもなかった。

辛くはなかった。
周囲に疎まれ、避けられ。
首を切った男の子供に石を投げつけられた事もあった。
「死神」と呼ばれた事もある。
俺の仕事はそういう仕事だった。


転機は突然訪れた。

城塞がネクロードと名乗る吸血鬼に襲われた。
ネクロードの操るゾンビによって城塞は壊滅状態に陥った。
俺はその時たまたま外に出ていて被害に遭わなかった。
帰ってきた時、城塞は死体の山だった。
辛うじて息のある者を見つけて事情を訊いた。
そいつも、結局俺の腕の中で息絶えた。
城塞の生き残りは俺だけだった。

どこへ行く当てもなかった。
それなら、たった一人になったこの城塞で死ぬのも悪くないと思った。
死体は全部埋めた。
腐敗臭のするのが嫌だったからだ。
それぞれに墓も作ってやった。
律儀な物だと自分で思った。
一人生き残った事に、柄になく罪悪感でも感じたのだろうか。

全員分の墓を作り終えた翌日の夜だった。
物音がして目が覚めた。
音は墓の方からしていた。
城塞の窓から墓を覗くと、墓からゾンビが這い出ていた。
ネクロードの力による物だろう。
俺は、ただ見ていた。
ゾンビに対して何か出来る訳でもない。
全ての墓からゾンビが現れ城塞から出て行くのを、俺は、ただ見ていた。

翌日、赤月帝国を騒がせている解放軍が城塞にやって来た。
答える義理もないと思って答えなかった。
城塞を落とすなら勝手に落としてくれて良い。
俺は部屋でじっとしていた。
女の忍が城塞を調査にやって来た。
部屋を調べられた時に偶然目が合った。
忍はあどけない少女だった。
黙って睨んでいると少女は何も言わずに出て行った。
報告するならすれば良い、と思って冷たい石の壁に背を預けた。
解放軍は何もせずにそのまま戦士の村の方へと向かった。
意味もなくその後ろを見送った。
俺の所には誰も来なかった。
あの忍は報告しなかったんだろうか。
まあ、どうでもいい事だった。

思い立って、死体のいなくなった墓を見に行った。
墓は綺麗に掘り返されていた。
俺の苦労は水の泡になった訳だが、別に何とも思わなかった。
日差しが眩しかった。
暗い城塞で日々を過ごしている俺には痛いくらいだった。
あまりの眩しさに太陽を睨み上げた後、顔を下げると城塞の門に一人の少年が立っていた。
黒い髪にバンダナを巻いている。
着ている衣は安物ではなかったが、随分とくたびれていた。
少年は、俺に微笑みかけた。

「初めまして。解放軍のヒロ・マクドールと言います。
カスミに城塞の中に生き残りの人が一人いる、と聞きました。
貴方ですよね」

見かけ通りのしっかりとした口調だった。
カスミと言うのはさっきの忍の事だろう。
ヒロは俺に名を訊いた。
キルケだ、と低く答えた。

「キルケさん」

噛み締めるようにヒロは俺の名を呼んだ。

「僕達の仲間になってくれませんか」

驚いた。
何も言えなくて黙っていると、ヒロは俺に説明をした。

解放軍として戦いながら、ヒロは百八人の定められた仲間を捜しているらしい。
その仲間を捜し出す事がヒロの使命らしいのだ。
そして、ヒロは俺の中に百八の星の一つを感じたという。
だから仲間になってくれないか、と。

そんな馬鹿な事があるか、と思った。
だがヒロの瞳は真剣だった。

俺はヒロを観察した。
何かが普通の少年とは違う。
解放軍にいるというのとは異なる何かが。
それに、ヒロには人を惹きつける力があった。
仲間になってくれと言われても、いきなりでは返事もしにくい。
けれどこの少年には、そう言われれば頷いてしまうような力を感じた。

俺は手に持っていた鎌をちらりと見た。
刃の部分が日差しを受けて閃いた。
突然、この鎌を首切り意外に振るってみるのも良いかと思った。
俺は差し伸べられていたヒロの手を取った。

そして俺は解放軍の地平星・キルケとなった。



俺がヒロに感じていた何かは、俺より深い「死の闇」だった。
ヒロは俺より十は年下なのだろうに、十一年人の首を切っていた俺よりも深い闇を負っていた。
彼が右手に宿す、ソウル・イーターと呼ばれる紋章の所為だろう。
二七の真の紋章の一つであるそれは、何百年も前から多くの人々の魂を吸い取ってきたらしい。
ヒロ自身の大切な人間も、何人かが命を落としているようだ。
そんな紋章を宿す少年だ。
俺よりも背負う闇が深いのは当然だろう。

ヒロは闇を負った少年だった。
だが、それと同時に光も持ち合わせていた。
深い「死の闇」に負けない強い光。
解放軍のリーダーとなるカリスマ性とでも言うのだろうか。
遠いと思っていた光が、あっという間に俺の身近に来た。

きっと俺は、心の奥でずっと光を求めていたのだろう。
闇の中の俺に差し伸べてくれる手が欲しかったのだろう。
だからヒロの持つ光に惹きつけられたのだ。
だからヒロの手を取ったのだ。











求めていた光は眩しかった。
差し伸べられた手は暖かかった。







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